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さぬきうどんの亀城庵

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バンコクレポート讃岐うどんいろいろ

チットロム駅前から伊勢丹方面を望む

▲チットロム駅前から伊勢丹方面を望む

現地の讃岐うどんとは?

サイアムパラゴンで開催された『グルメ シコク市』開催中街で見た現地の讃岐うど んを中心とした、料理と人々のレポートで す。

文:松井 隆

オリジナル「豚ネギぶっかけうどん」
▲オリジナル「豚ネギぶっかけうどん」

昨年に引き続きサイアムパラゴンで開催された『グルメシコク市(1/25~2/3)』のうち30日まで参加してきた。この催事は愛媛県西条市、㈱西条産業情報支援センター、タイ国現地商社である神戸屋食品工業㈱が主催する愛媛県産品を中心とした四国物産の販売促進、販路開拓のためのもので青果物、加工食品19企業58品を販売した。私は自社の『半生讃岐うどん(つゆ付3人前)』の販売と、自社の麺とつゆを使って『豚ネギぶっかけうどん』の調理販売を行った。今年は昨年の教訓を踏まえてタイ語での調理法、レシピを用意して行ったので日系人以外の方にも讃岐うどんを広めることができたと思う。調理、販売の手順を、言葉の通じないタイ人の学生さんに身振り手振りで、たまに通訳さんの力も借りながらお伝えして、調理、販売ともにできるようになっていただいた。それぞれ販売価格は300バーツ、129バーツ(1バーツ=約3.4円)と現地の物価(メータータクシー初乗り35バーツ、タイ古式マッサージ1時間200バーツ)からすると、さしずめちょっとした高級料理である。タイ人には調理販売のほうが人気だった。家庭内調理の習慣が都市部ではあまり無いと思われる。「持ち帰りたい」というご要望に応えフードパック入りを作ると喜ばれた。バンコクは道路渋滞がひどいので持ち帰り惣菜は思うほど売れない、といわれていたが、地下鉄、スカイトレイン(BTS)が整備される中で状況は幾分変わってきたのかもしれない。

街中心部の足スカイトレイン(BTS)
▲街中心部の足スカイトレイン(BTS)

時間が経つにつれて学生さんたちも動き が様になってきたので、街にも出ることが できた。バンコクジェトロの方から、「日 本人オーナーの凄く美味しい讃岐うどんの 店があるので、是非本場讃岐の人の目で見 てきて欲しい」といわれ訪ねてみることに した。サイアムからBTSに乗りプロムポン で降りるとホームから『讃岐うどん・お好 み焼き・もんじゃのお店どんどん』という のが見えた。高架ホームから地上に降りる とサッパリどこだったかわからなくなりう ろたえた。あちこち歩き回りようやく店を 見つけたものの、あいにくオーナーの日置 さんは留守。タイ人の従業員らしき方とは全く会話は通じないのだが、なんとなく帰って来られそ うな雰囲気だったので、近所のマッサージ店で時間を潰し、夕方再訪門した。丁度バンコク在住の 日本人のグループが寄せ鍋をつついており、そこで歓談している精悍な日焼けした短パンの方がオ ーナーの日置さんだった。  急にお邪魔したのだが、お店を持つに至ったいきさつ、今の経営状況、うどんについてお話を伺 うことができた。日置さんは三菱商事でお勤めのときに建機レンタル事業のタイでの立ち上げをご 担当され1998年1月から2002年1月までタイ・テックレンタル社長としてバンコクに赴任。 その後日本に帰国後4月に三菱商事を退社。翌年10月、趣味のゴルフが思う存分楽しめるバンコク に『日置カンパニーリミテッド社』を設立し、『どんどん』を正式にオープンされた。店は1階に 5テーブル、2階に10テーブルあり平日はお昼時と夕方から夜11時までの営業。土日はお昼時から 夜10時まで営業されている。開店当初は全て日本人のお客さんだったそうだが、徐々にタイ人のお 客様が増え、現在のお客様の比率は日本人、タイ人が半々だそうだ。収入面では90%がアルコール 需要の多い夜。お客様の何と80%がうどんとお好み焼きの両方ご注文されるという。流石京都人、 こなもんコンセプトが具体的に体現されている。

どんどん ぶっかけうどん
▲どんどん ぶっかけうどん


どんどん ぶっかけうどん
▲どんどん ぶっかけうどん


どんどんの手打ち職人
▲どんどんの手打ち職人

「ぶっかけうどん」と「肉うどん」を注文し食べた。まず麺の輝きにびっくりした。うどんが綺麗だ。自ずと期待が膨らむ。すすりこむとしっかりとコシがあった。鰹の利いただしが幾分ひねった麺に絡みつく。お世辞抜きでうまい。激戦地の本場香川のうどん店のなかにいれてもいい線行っていると思う。タイでこの味が食べられることに驚いた。そして嬉しかった。そして不思議なのは、私が店内でオーナーと話をし続けていたのにこのうどん達は出てきたのである。
 小さな小料理店を日本で開くのが夢」と語る日置さんは大変な食通なのである。自分が美味しいと納得できるものが作れる素材を探し回り、小麦粉、いりこ、鰹、昆布などの基本かつ重要な食材は日本から輸入している。これらの食材をタイ人が調理できるように教えたのだ。この店には製麺にまつわる機械類はない。本手打ちをタイ人の若者達が行っている。創業当時は7人のタイ人の従業員でスタートし何もかも初めてだったそうだ。かなりの試行錯誤があったというが、今ここで食べた味からは想像すら難しい。今では15人のタイ人が働いており、そこそこ流行っているそうだ。ここまでの味が出せるのはタイ人とコミュニケーションが十分に取れているからなのだろう。タイ・テックレンタル時代の赴任経験が生かされているし、当時もタイでいい仕事してたんだなと思う。帰国後何らかの形でお店を紹介したいのだが、とお願いすると快諾していただけた。翌日にパラゴンでの催事を昼過ぎに抜けて、筑豊ラーメン山小屋のトンロー店を訪ねた。

シーハービール、山小屋ラーメン、明太子丼
▲シーハービール、山小屋ラーメン、明太子丼


タイ料理
▲タイ料理


地元新聞はじめ多くのメディアにとりあげ
 られた。(松井をさがせ)
▲地元新聞はじめ多くのメディアにとりあげ  られた。(松井をさがせ)


こちらも地図を持っていたのに迷った。駅を降りて炎天下の昼下がり歩けども歩けども店は見えてこない。あきらめて駅に戻ろうと歩いていると白衣を着た料理人風のタイ人とすれ違った。気になって追いかけ胸の刺繍を見ると『山小屋』と日本語で書いてある。救われた。私が知っている日本人従業員の名前を連呼したところ、彼がうなずいてすたこら歩き出したのでひたすらついて行くと店はあった。
 汗だらだらだったのでシーハービール、山小屋ラーメン、明太子丼を矢継ぎ早に頼み食べた。ほっとした。日本で食べる味と同じだった。シーハーをスーパードライにしていたら何処にいるのかわからなくなるところだった。あいにく店長は帰国して留守だったがチーフのH氏がいた。彼はまだ20代前半、異国の地で頑張ってた。かなりのご苦労もあると思うのだがキラキラして見えた。バンコクで働く日本の若者を結構見かけることが多い。私の目には日本で働く同世代の若者より輝いて見える。自己の成長を実感できる環境があるのだろう。日本の外食産業がバンコクはじめ世界各地に広がっているが、異国の人達が同じ環境で働く中で習慣、価値観、宗教観などの衝突、妥協、そして理解が生まれる。もっとぶつかり合うと潰れるか新たな物が生まれる。食べ物も然りではなかろうか。
 私は『讃岐うどん』が海外にありながら香川県内で食べられるレベルと同等であることも頼もしいが、海外の様々な食文化の中で揉まれ、我々が考え付くことができない全く新しい食べ方、メニューが生まれないかわくわくするのである。今後もささやかながらそれを夢見ていく。6月には上海で試食プロモーションを行う予定である。

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